士林団と葵文(三つ葉葵)
「「士林団」と天心流の伝承」の記事にも書かれている通り、「士林団」とは天心流兵法(江戸伝天心流)独自の用語であり、「江戸幕府(徳川幕府)における大目付配下の家臣団の内、諜報・伝令・暗殺を任務とする者達」を指す便宜上の呼称である。
天心流の伝承によると、士林団は任務に際して葵文を使用していた。
葵文は徳川家の家紋であり、享保8年(1723年)に無断使用が禁止された。
しかし、本多家や鳥取池田家のように幕府から許可を得て使用している一族も存在した他、江戸初期においては御用商人の長持などの道具に描かれていた。
そして、士林団は前述の通り「江戸幕府(徳川幕府)における大目付配下の家臣の内、諜報・伝令・暗殺を任務とする者達」であるため、幕臣の公務にあたっては葵文の使用が許されていた。
ただし、あくまで許されるのは組として行動する公務中のみであり、非番時は許されなかったと推測される。
現代日本で例えるなら、警察官が公務中のみ拳銃を携帯出来ることと同じである。
現代においては、例え日本の警察官としての身分にある者でも、非番時に拳銃を携帯することは許されない。
江戸時代における葵文の使用はそれだけ慎重であったが、いずれにせよ現代における葵文の扱いは他の家紋と変わらず、使用にあたって特別な法令も存在しないため、徳川家や本多家などから苦言を呈されない限りで自由に使用することは問題無いのではなかろうか。
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