正拳突きにおける腰の使い方

沖縄空手(琉球空手)やフルコンタクト空手においては、下記動画の宮里信光先生のように相手の体を打ち抜くことを意識して正拳突きの練習をすることが常である。


宮里信光先生の正拳突き(7分44秒から)
https://www.youtube.com/watch?v=S-YTMBbx7AM



他方、全空連(全日本空手道連盟)をはじめとした伝統派空手の一部は、突く方向とは反対へ僅かに腰を切る体の使い方がよく見受けられる。

例えば、右正拳逆突きを打つ際は、左腰を切る力で正拳を前へ送り出し、腕が完全に伸びきった瞬間に右腰を僅かに切ることで、体をやや正面に戻すといった具合である。

こうした体の使い方について、一部の門外漢は「そんなものは実戦で使えないエセ武道の技術だ」「しっかり打ち抜かなければ相手に効かないので意味が無い」と主張しているが、彼らはその理由をまるで理解していない。

なぜ、伝統派空手の一部では正拳突きの際に反対へ腰を切るのか。

それは、組手に必要な当て止めをするためである。

当て止めは、あらゆる武道・武術・格闘技の練習や試合などに見られるもので、「練習や競技の安全性を高めるため」という重要な理由のもと、様々なやり方が存在する。

例えば、少林寺拳法の法形練習においては、相手に直突きが当たる瞬間に素早く拳を引くことで当て止めを行う。

大抵の場合は腕を伸ばしきらずに途中で拳を引くことで、結果として打ち抜かない練習法となっている。

また、ボクシングやキックボクシング、サバット、ムエタイ、総合格闘技などにおいても、2人一組で技の練習やライトスパーリングをする際に相手を打ち抜かないよう力をコントロールすることで、互いに怪我を負わないよう当て止めをする。

空手の正拳突きは腕を伸ばしきった際に最大の威力が出るため、その正しいフォームを体得するためには、腕を伸ばしきらずに途中で引くといった当て止めのやり方は練習にそぐわない。

従って、腕を伸ばしきるフォームはそのままに、かつスピードも落とさずに安全性にも配慮するための当て止めのやり方が必要である。

そのために行われている当て止め法が、「突きの際に反対へ腰を切る」というやり方である。

これならば、腕を伸ばしきるという正拳突きの正しいフォームとスピードはそのままに、安全性にも配慮することが出来るのである。

そもそも、この当て止め法は実戦で使うものではなく、日頃の練習や試合のみで使用する安全策である。

当然であるが、護身などの実戦において相手に突きを効かせなければならない状況では当て止めなどせず、全力で打ち抜くに決まっている。

故に、一部の門外漢から「そんなものは実戦で使えない」「しっかり打ち抜かなければ相手に効かないので意味が無い」などと言われる筋合いも無い。

空手家一人ひとりが鍛え上げてきた正拳突きは、我々の想像を遥かに越えるほど強力である。

実際、全空連をはじめとした伝統派空手のポイント制組手競技では、打撃は当て止めで行わなければいけないにも関わらず、一部の選手がヒートアップして相手を打ち抜いてしまうことで重傷者が出ることもある。

練習や大会であまりにも負傷者が多く出てしまっては、どんな武道・武術・格闘技においても練習者は減ってしまい、やがて世の中から必要とされなくなるであろう。

また、現代世界において武道・武術・格闘技を練習する者の大半は、それらを生業とするプロではなく、本業を別に持ちながら趣味で練習している者達である。

そうした者達からすると、練習や大会で重傷を負うリスクが高過ぎる武道や武術、格闘技は、安全性が低く日常生活に支障も出やすくなるというデメリットしかない。

何より、そうした練習者の負傷に関して責任を追及されるのは指導者や大会運営者でもあり、安全性を欠く武道・武術・格闘技というのは誰も得をしない。

故に、あらゆる武道・武術・格闘技において、指導者や大会運営者は安全性の確保に細心の注意を払い、練習者や選手もまた競技生活を長く続けるために安全を考慮する方法の1つとして当て止めを行うのである。

伝統派空手の一部が「突きの際に反対へ腰を切る」という当て止め法を実践する理由を知らない者達は、おそらく何の武道や格闘技の経験も無い素人であり、大した根拠も無く「武道や武術、格闘技は日頃から危険と隣合わせで当然」と考えているのではなかろうか。

実際に武道や武術、格闘技をやってみればわかることだが、熱心に練習する者ほど怪我はなるべく避けたいと思うものである。

もし大きな怪我をして練習や試合出場が出来なくなってしまえば、いつまでたっても実力が付かず上達しないばかりか、日常生活にも悪影響があるからである。

実際、歴代のプロ格闘家達の中には、無茶な練習や試合運びによって大きな傷を負い、引退後も日常生活に支障をきたすほど悩まされている者達が大勢いる。

そうしたことを少しでも減らしたいと考え、元K-1選手の魔裟斗氏のように選手の安全に配慮した格闘技のあり方を唱える者達も現在増え始めている。

「武道や武術、格闘技は日頃から危険と隣合わせで当然」と考えている輩は、まず自らが武道や武術、格闘技を学び、元々競技が持つ危険性を先人達が如何に努力して減らし、今日に至るまで安全性を高めてきたのか理解する必要があるだろう。

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